ゆりかの日記

心にうつりゆくよしなし事

「寂しさ」の根源

私は社交的な性格で、友人も多いと思うが、寂しい。
大学院生(かつ、同期の友人は皆留学してしまっていない)という極限状況ではあるが、毎週末人と会う予定があるし、オンラインでも複数の人とやりとりをしている。それでも寂しい。

理由がわかった。それは、自分がこれまで悩みの解決をアウトソースしており、解決能力を内製することなく、相談相手を失ってしまったからである。

 

悩み多き私にとっての心の支えは、年上の元カレだった。彼は私より4つ年上で、とても頭の回転の早い、頼れる存在だった。ただし、彼の精神が安定している時に限って。

結局その人とはお別れしたのだったが、その後はいくら友達と話しても寂しさは解消されなかった。自分からお別れを決めたし恋愛関係に未練はなかったが、何度もその人に連絡することを考えた。そして長期的なダウンサイドを考え思いとどまり、元彼とのように気兼ねなく話せる友人がいないことに、寂しさを感じていた。

そもそも、悩みを人と話して解決するスタイルを前提にしていたからこそ、元彼のような、どんな痛い内容でも優しくじっくり聞いてくれて、的確に返してくれる存在を必要としていたのだ。しかし、本来、これを自分の中で処理できるようにならないと、自分の成し遂げたいことのために、時間/注意資源を集中させることはできないのだと悟った。

 

何かを成し遂げたいのであれば、人並みならない集中が求められる。自分のこの、相談相手を求めてゾンビのように歩き回る心も、アラインさせなければならない。